技術経営人財育成セミナー(第5回)変革期のリーダーが学ぶことは何か

技術経営戦略の可視化の試み

児玉 文雄(こだま・ふみお) (東京大学名誉教授、芝浦工業大学名誉教授)

日時 2013年5月29日(水) 17:00~19:00 (講演60分、質疑30分他)
場所 一般財団法人アーネスト育成財団事務所内 アクセスへ
参加費 3,000円(終了後の懇親会費用を含む)
定員 最大18名(定員になり次第締め切ります)
申込方法 FAX 03-6276-2424 または Eメールoffice@eufd.orgにて
主催 一般財団法人アーネスト育成財団

パンフレット(75KB)

講師の児玉文雄氏は、1985年頃に日本製造業に起きた現象、つまり、研究開発費が設備投資額を上回るという現象に注目して、その転換を「造る集団(製造業)」から「考える集団(創造業)」への変身であると表現した。それ以来、研究開発費と設備投資額との比較分析を、国内外の企業について追跡してきた。
その後、日本製造業は、金融バブル崩壊の影響を受け、設備投資額は大幅に減少した。しかし、研究開発費は微減に留まり、この「創造業」という表現形式だけは生き続けていた。この間、米国IBMに代表される製造業は、この「創造業」を超えて「ソルーション事業」への選択と集中を経て新産業を創出していった。このような戦略転換の多くは、存亡の危機とも言える困難をCEOの明示的な戦略により克服した結果であることが明らかになった。
また日本のメモリー産業の攻勢で、瀕死の状態に陥ったインテル社を戦略転換で再生させたAndrew Groveは「転換点とは何か」との問いかけに「変曲点のことで、符号が変わるところだ」と答えている。経営戦略にも同じである。戦略転換を何らかの方法で「可視化」することが、MOT研究の第一歩だといえる。戦略の転換を可視化する方法を紹介し、その戦略転換が公表されている米国の企業について、その有効性を検証する。続いて、戦略転換が明示的な日本企業について適用し、どのような結果になったかを検討する。戦略転換を余儀なくされた日本企業について分析し、その戦略転換の特徴を明らかにする。

【講師略歴】

児玉 文雄(コダマ・フミオ)氏

1964年東京大学工学部機械工学科卒業。埼玉大学政策科学研究科教授、ハーバード大学ケネディスクール客員教授、スタンフォード大学客員教授、東京大学先端科学技術研究センター教授、芝浦工業大学大学院工学マネジメント研究科研究科長・教授。東京大学名誉教授(現在)、芝浦工業大学名誉教授(現在)、工学博士。

(著書)『技術潮流の変化を読む』日経BP社(2008)『技術経営戦略」オーム社(2007)

『ハイテク技術のパラダイム』中央公論社(1991)他

東京大学名誉教授、芝浦工業大学名誉教授 児玉文雄氏講演

『技術経営戦略の可視化の試み』

講師の児玉文雄氏は、早くから技術経営(MOT)の研究に取り組み、芝浦工業大学では、日本初のMOTコースを立ち上げた第一人者。児玉氏は、長年技術経営戦略の研究に取り組んできており、今回の講演では、日立、シャープの最新の軌道分析を事例にして変革期の技術経営戦略について報告があった。
今回のセミナーの半数以上は社長経験者で、経営経験者の経験談と児玉先生の研究成果との間で、活発でかつ熱い実践に役立つ意見交換が展開された。

セミナー写真

児玉講師の話を聞くセミナー参加者。児玉氏は「製造業から創造業への転換ということを最初に言い出した。創造業も英語にすると"Knowledge creating company"となり米国のビジネススクールでも取り上げ雑誌に掲載されている。経営戦略の可視化を80年代、90年代、最近の動向について話を進めたいと考えている」と話す。質疑を含めて2時間はあっという間に過ぎてしまった。終了後の懇親会も3次回までお付き合いいただき、熱のこもった議論は翌日まで展開し、充実したセミナーであった。

講演概要

講演内容詳細 (493KB)

創造業は日本の経営戦略

「製造業が『創造業』へ」という言い方をしたが、国でも企業でも研究開発費の合計額を比較することで、大きな転換や変質をディテクト(検出)できるのではないか。社長は、そこを間違えなければ社長業は務まることができる。大きな構造変化の時に何もせずにいたら、ゆでガエルになってしまう。
今日の話は、芝浦工業大学に行って突然出てきたのではなく、東京大学にいた以前からの研究が土台になっている。日本が最高潮であった1990年近くの頃、ハーバード大学に行って講義をしたり、スタンフォード大学で講義をしたりしていた。あの頃の日本には勢いがあって、黙っていても彼らは、聞く耳を持っていた。今、彼らのところに行っても、「聞きたくない」「役に立たない」「中国の話をしてくれ」と言われてしまう。

今、潮目が変わり、日本の復活がある 

当時は、日本の事を話すと熱心に聞いてくれた。しかし、お説教をされるのは困るという。米国は落ち目だったので、お説教をするつもりはなくてもお説教に聞こえてしまう。今、日本のことを語ると反面教師と言う。韓国、中国、台湾は調子が良くて、「日本の過ちを犯さない」という。日本が弱い立場になり、しかも円高に振れて競争が出来ないときに、日本は当時の戦略をとることが出来なくなった。
例えば、DRAMで前倒しの投資が出来なくなった。しかし、三星がその通りにやっている。今、潮目が変わり、日本の復活があるのではないか。ごく最近、円安になったが、そういう兆候が出てきた。今日は、日立の復活とか、シャープの現状の経営戦略の分析について話をしたい。

セミナー写真

「大きな構造変化の時に何もせずにいたら、ゆでガエルになってしまう」と語る児玉氏。

■1980年代の日本の経営戦略

日本の企業は当時継続して研究開発費の維持に取り組む

製造業の従来のパラダイムは、設備と労働力を保有して、高度な製品を安価に作る。そう考えれば良かったが、製造業も設備と人を擁してモノを作る以外の出費、つまり研究開発費が、何か良く分からないが、モノを作る設備投資よりも大きい。
製造業は設備を使ってやるが、それよりもモノを考えるほうが、大きくなる。知識製造業の方が金額的に大きくなる。個別の大企業でも、日本全体の製造業でもそのようなことが起きていた。
研究開発費の維持を日本の企業は当時継続して取り組んだ。人を余り削るということはしなかった。米国や韓国などは、景気が悪くなればすぐに削減する。そういうことが、1980年代当時の日本では起きていない。

「造る集団」を脱し「考える集団」に

「創造業」という言葉を作り出した。これもいかにも日本語のようだが、"Knowledge creating company"と"Harvard Business Review"に記述されている。「創造業」という言葉は、米国の教科書に掲載されている。製造業もただモノを作れば良いという話ではない。日本が大きく変化したのが、90年前後である。
データー(図1)で示すと、1980年代から研究開発費は鰻登りである。物価調整をしているデーターである。

図1 全製造業の研究開発費と設備投資額との関係

図1 全製造業の研究開発費と設備投資額との関係

研究開発費の設備投資に占めるが80年では0.6であったものが、増加を続け、85年には1以上となる。87年には、1.4まで行った。研究開発費が設備投資よりも50%多いということを意味する。研究開発費を設備投資と比べることを世界的に研究していなかった。1990年10月にIEEEが取り上げた。日本に研究開発が移っている。創造業と言う言葉を使っている。日本では、エコノミスト誌が「造る集団が考える集団にと」取り上げた。

1975年まで日本は輸入した技術の実用化に取り組んだ

最初の日本企業で研究開発費が何のためにあったかというと、輸入した技術を消化するためにあった。日本の製造業の研究開発費は、ナイロンとか、トランジスタなどの輸入技術の消化にほとんど使われた。それが75年からそのようなフェーズが変わり、炭素繊維など日本が世界のシェアの6割になっている。炭素繊維の技術は日本から出て行ってない。

製造業は研究開発の後の設備投資が重要である

高度成長期は、何かというと、研究開発をして良いものが出て来て、膨大な設備投資をして、経済成長をして、企業が大きくなる。液晶しかり、炭素繊維しかり、DRAMなどもそうだ。膨大な研究開発費を出すが、それ以上の設備投資を創出する。すなわち、好循環となる。

■1990年代の日本の経営戦略

研究開発費と設備投資を比較し、戦略転換の可視化

研究開発費と設備投資を比較することに取り組んだ。2007年2月12日の経済教室に戦略転換の論文を掲載した。日本が90年代に入っておかしくなった。その前に米国は、日本と同じように悪かったが、体質を変えた。IBMやインテルの米国の経営者は、どのような戦略転換をしたのか。定量的に分析した。
インテルの戦略転換を手掛けたのはグローブ、メモリーで日本企業にやられて戦略転換を迫られた。その時、メモリーからMPUの事業に転換し、「インテルインサイド」となった。世界の全てのCPUがインテルになった。

戦略転換、何かおかしいと感じないと入り口はない

戦略転換とはどのようなことか。簡単に口できるような事ではない。戦略転換は、基本的に誰も分からない。何かおかしいと感じないと、蛙の話でないが戦略転換の入り口はない。
Inflectionは数学の専門用語で「変曲」なので、「戦略的変曲点」と訳すのが正解である。変曲点という考えから、企業戦略の変化をグラフ上の軌道で図示することに取り組んだ。CEOが行う「戦略転換」を軌道の「変曲点」として「可視化」できた。
CEOは、図2のように、営業、技術、製造の中心にいて各部門をコントロールしている。

図2 最高経営責任者(CEO)の意思決定パラメータ

(1)主要3部門            (2)3つの主要パラメータ

図2 最高経営責任者(CEO)の意思決定パラメータ

販売費、研究開発費、設備投資の3つの変数に着目

まず米国のIBMのガースナー革命を本人が手掛けたことを、生い立ちを書くのではなく10年間の経営について、ハードメーカーからソリューションメーカーへの戦略転換を本に書いている。

図3 IBMの投資軌道の分析

図3 IBMの投資軌道の分析

1997年から1998年に戦略転換、ハードウェアからソリューションビジネス

図3の投資軌道の分析結果を見る。IBMのガースナーは、1997年から1998年に戦略転換をしている。研究開発費も落とすが、設備投資を落としている。ソリューションビジネスに取り組んで製造設備の投資を抑制した。ビジネスの主体をハードウェアからソフトウェア化していったことが分かる。それをパルミサーノが引き継いでいる。
米国は、ここでハードウェア技術者がIBMから逃げていく。シリコンバレーに行って、シスコが出てきたりした。

インテルは2つの戦略転換、1986年と2000年以降

インテルは、1985~1986年にDRAM事業からMPU事業に転換した。インテルインサイド戦略を推進した。次に2000年以降にプラットフォーム戦略に取り組む。(図4)
プラットフォーム戦略とは何か。インテルのMPUの技術は進歩するが、使う側のレベルは低いことに気付いた。自分の持っている製品の能力をフルに生かすためには、周辺技術開発もやってやる必要があると気づき開発を手掛けた。USBというスタンダードのインタフェースの技術の開発も手掛けた。インテルがUSBを売っているわけではない。
インテルの戦略転換は、図4の投資軌道の分析で可視化できている。バレットが2000年前後のプラットフォーム戦略をしている。

図4 インテルの投資軌道の分析

図4 インテルの投資軌道の分析

■最近の日立とシャープの最近の経営戦略

日立とシャープについて、新しい状況を調査した。何が起きたかは日本経済新聞の記事を調べると分かる。

2009年、総合電機から社会インフラと情報通信の融合分野に

2006年4月4日、古川一夫社長は就任した。古川社長、庄山時代に策定した基本路線を継承するとの方針を示している。2008年5月27日、「日立、総合電機にこだわり」、HDD事業や薄型テレビ事業の構造改革を進める一方、社会インフラ事業に経営資源を一段と集中。
2009年3月17日、日立トップ事実上引責、庄山会長、古川社長が引責辞任。川村氏が会長兼社長に就任する人事を発表。2001年総務人事担当の副社長としてリストラを陣頭指揮。入社後、30数年にわたり重電畑。2009年12月30日、「脱・総合電機」を掲げ、社会インフラと情報通信の融合分野に、経営資源を集中させると表明。2010年02月05日、日立新社長に中西氏、川村氏は会長、中西新社長は、2005年から経営不振のHDD子会社のトップとして事業を再建した実績を持つ。
2013年05月17日:日立、海外15万人体制「インフラ、新興国で」「サービス事業も拡大」。日立が海外で狙うのは、重電とIT(情報技術)の双方をまとめて提案するスタイル。このビジネスモデルが日立の強み。
図5は、設備投資と研究開発費のデーターだが、古川社長の2009年の脱総合電機への戦略転換が良く読み取れる。

図5 日立の軌道分析(設備投資と研究開発費)

図5 日立の軌道分析(設備投資と研究開発費)

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「図5は、設備投資と研究開発費のデーターだが、
古川社長の脱総合電機への戦略転換が良く読み取れる」と話す講師の児玉文雄氏。

シャープ、大型投資の偏り危機招く

以下は、シャープの日本経済新聞の記事(2013年5月26日)である。
シャープは、2004年に亀山第1工場を稼働させ、液晶パネルからテレビまでの液晶パネルの一貫生産体制を確立した。「アクオス」ブランドのテレビは飛ぶように売れ、2008年3月期には、過去最高の1,020億円の純利益を稼ぎ出した。
しかし、2008年秋のリーマンショックで全てが狂う。4,000億円強を投じて世界最先端の技術を詰め込んだ大型液晶パネルの堺工場の稼働は2009年になった。シャープは昨年、創業100周年を迎えたが、その間の社長はわずか6人しかいない。2代目社長の佐伯旭氏(故人)と3代目社長、4代目社長は姻戚関係であった。2007年、町田会長-片山幹雄社長体制で推進した液晶の大型投資を止められなかった。
2013年6月の株主総会後に、片山会長が退任し、奥田隆司社長が在任1年3カ月で代表権のない会長となる。新社長に就任予定の高橋興三・代表取締役副社長執行役員は、液晶に偏った巨額投資が経営危機につながったことを認めた。 図6を見るとシャープの戦略が可視化できる。

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図6 シャープの軌道分析(設備投資と研究開発費)

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質疑応答

開発投資を止めたら会社の発展はない

質問(西河洋一理事長):研究開発投資も、設備投資も止めてしまったら、会社の発展はない。次の展開が出来なくなる。

回答:縮小均衡の戦略を取っている状況の企業はある。円高の問題などでソニーなどを含め、苦労している。シャープは大型投資をしたと言われていたが、売上比のデーターでは大きく減少している。外から見えなかったが投資が出来ない状況は厳しい状況である。シャープはDNAを忘れたと思う。シャープは液晶の技術を、電卓からテレビまで持っていった。テレビが儲かりすぎたので、次の開発を怠ったとみる。シャープはアプリケーションを開発して伸びた会社だが、テレビメーカーになってしまった。経営戦略が間違ってDNAを失った。

米国の企業はプラットフォーム作りに取り組んだ

質問(杉本晴重 元沖データ代表取締役社長):日本経済新聞の経済教室の記事は、大変参考になった。当時、技術系の会社だったので研究開発投資はそれなりにしていた。グローバルに展開するには、営業経費を有効に使わないと出来ないとの参考になった。米国の企業は、インテルだけでなくIBMやシスコなどもエコシステムと言いだした。我々に対しても強調してきた。

回答:米国の企業はプラットフォームを作るという考えを持った。自分だけ良いという話ではない。日本でも重電系では、そのような動きが見える。途上国へのインフラ輸出と言い出した時に、日立の場合、情報技術と重電技術とを組み合わせる動きが見えた。米国のメディカルエレクトロニクスの分野のCT,MRIでは診断で儲けている。日本でも兆候はある。コマツのコムトラックや工作機械メーカーもデーターの宝庫である。リコーなども新しい取り組みをしている。

プリンターはアナログを相手にしているので、今でも研究開発に取り組んでいる

質問(坂巻資敏 元リコー常務執行役員):キヤノンやリコーの複写機とか、プリンタービジネスは、ランニングで収益がでるので変える必要がないからだ。紙はアナログ的で今でも研究開発に取り組んでいる。ステッパーだけの情報が抽出できれば戦略転換があったとみる。

回答:コダックは、戦略転換が出来なかった。

データーで歴史的な検証をし、裏付けている

質問(奥出阜義 元防衛大学校教授):歴史学的に見て、データーで検証ができている。今回の研究報告は歴史上の重要な証拠であるし、素晴らしい研究成果であるとみる。

回答:そう言ってもらうとありがたい。

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「日本の場合、社長交代時期と転換点が一致している。それを戦略展開と言うと怪しい。
極端なことを言うと、戦略転換は在任中に転換するのが戦略転換といえる。
IBMとか、インテルが在任中に転換をしている」と語る講師の児玉氏。

シャープは国内重視で海外への販売で遅れた

質問(坂巻):シャープは国内重視で、海外の販売を怠った。亀山モデルで国内のシェアは上がったが、海外のシェアは上がっていない。

回答:ディジタル化への対応で誤った。ディジタル化で誰でもができるようになった。スマートホンでは、アップルが作ったものをサムスンが作っている。

戦略転換、何か変だと気づいた時にどうすれば良いのか

質問(大橋克已 元クラレ常務取締役):因果連鎖の全体像の中で転換点が分からないというが、結果的に転換点が分かってインテルなどは転換してきたと思う。経営者は、何か変だと気づいた時にどうすれば良いのか。

回答:インテルのグローブは、そこのところをちゃんと書いている。日本にやられて、前の会長と相談して、メモリーから撤退し次の事業としてMPU事業への転換を決めた。

質問(大橋):CEOが会社のお金をどちらに向けるべきということと、社長が変わった時の転換点が連続してある事が、会社の意思とか判断に繋がっているのか。

回答:その所が悩ましい問題である。日本の場合、社長交代時期と転換点が一致している。それを戦略展開と言うと怪しい。極端なことを言うと、戦略転換は在任中に転換するのが戦略転換といえる。IBMとか、インテルが在任中に転換をしている。

クリエイティドインジャパン、自信をもって海外で展開する

質問(佐竹右幾 サンシン電気取締役専務):サンシン電気、リーマンショックまでは、国内生産比率は8割であった。セールストークが「メイドインジャパン」だったが、海外生産になって「メイドインチャイナ」になった。その時に考えたのが「クリエイティドインジャパン」を入れた。アップルは、デザインは米国のカリフォルニアと書いて、メイドインチャイナと書いてある。

回答:「研究機能も海外に」というキャッチフレーズがあったが、日本でも米国でもそれは嘘だということが分かった。研究開発は海外に展開はほとんどしていない。クリエイティドインジャパン、クリエイティドインUSAで良いと思う。ジョブスは「日本のエレクトロニクススの技術は全て使った。日本のメーカーに欠けているのはソフトウェアである」と言った。iPodでは「音楽は聞くことが目的であって、所有することが目的ではない」と言っている。「テレビとPCは基本的に違う。テレビを見ている時、自分のブレイン(脳)はオフになっているが、PCではブレインがオンである」という。使い方が全く違う。技術が似ていても、その融合は起きない。ディジタル化でニューズウィークなどで「融合する、融合する」と言い出したが、そうはならない。

目的の見直しが出来ないと勝つことは出来ない

質問(佐竹):ソニーがウォークマンを作り。仲間のソニーの技術者は「iPodは音が悪い。あれは製品でない」と言っていた。実際、若者がヘッドホーンで聞いてしまうとその差は分からない。自分たちの良いとこだけにこだわり、相手をけなすだけで販売戦略に負けてしまったという事例が日本には良くあるのでは。

回答:かっては米国に原因があって、日本にやられていた。iPodのように、音質に狙いがあるのではなく。目的が異なった場合、日本は勝てない。

以上

(参考文献)

(1)児玉文雄(1991)『ハイテク技術のパラダイム』、中央公論社

(2)児玉文雄(2007)『技術経営戦略』、オーム社

(3)児玉文雄、小平和一朗(2007.2.12)『戦略転換 数値でも裏付け』、経済教室、日本経済新聞

(4)児玉文雄、小平和一朗、岡田亜衣子(2009)『戦略転換の可視化の試み』、研究 技術 計画、Vol.24.No.1

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