技術経営人財育成セミナー(第18回)変革期のリーダーが学ぶことは何か

いくらもうけりゃいいの?

大谷 悦夫(おおたに えつお)

日時 2016年2月4日(木) 17:00~19:00 (講演90分、討議30分)
場所 一般財団法人アーネスト育成財団事務所内 アクセスへ
参加費 3,000円(終了後の懇親会費用を含む)
定員 最大18名(定員になり次第締め切ります)
申込方法 FAX 03-6276-2424 または Eメールoffice@eufd.orgにて
主催 一般財団法人アーネスト育成財団

講演PDF(案内)(71KB)

 企業経営は、まさに実学です。実学を学ぶには、経営経験談を聞き、それを知見として理解し、形式知化することが必要です。当財団は、経営人財の育成に役立てる教材作りに取り組んでいます。
 講師の大谷氏は、大手の総合商社でグローバル市場を相手に様々なビジネスモデルの創生に取り組み、成功に導いてきた豊富な経験と実績をお持ちです。商社を退職した後は、中小企業の経営や医療法人の経営再建に携わって、経営者としての成功体験をお持ちです。
 日本の経営学分野の問題は 日本の企業を経営したことがある経営者が経営者の育成のための知見(学問)づくりに余り取り組んでいないことです。経営教材の多くは、欧米型の経営を前提としています。日本に必要なものは、日本人による、日本の慣習に従った経営環境での経営情報の整理です。それを理解した上での経営に関する知見が欲しいのです。セミナーでは『いくらもうけりゃいいの?』とのテーマで経営経験をお聞きし、日本の経営を学ぶ予定です。
 医療法人を含んだ豊富な企業の経営体験をお聞きし、講師との質疑応答の中からも実践的経営を学ぶ予定です。

【講師略歴】

大谷 悦夫(おおたに えつお) 氏

(本人の希望により、下記といたします。)
無冠、無資格、無肩書
経歴については、講演内容に必要な部分について講演中明らかにいたします。

大谷 悦夫(おおたに えつお)

『いくらもうけりゃいいの? - 企業(含む医療法人)経営と利益について -』

講師(大谷悦夫):本日はお忙しいところこのような講演にお越し頂いてありがとうございました。『いくらもうけりゃいいの?』などというふざけた演題で、講演者についても、無冠、無資格、無肩書などといいかげんな表示でありましたので、どなたもお越し下さらないものかと覚悟しておりましたにも関わらず、これだけの方にお越し頂いたということは主催者である財団の権威によるものと敬服しております。
私が今回の講演をお引き受けしましたのは、二つ理由があります。ひとつは、本件をお持ち下さったのが浅野理事であるからです。浅野理事とは、丸紅に勤務中から50年近いお付き合いで、この間、私から相当の無理無体をお願いした経緯があります。もうひとつは、この財団が技術経営人財の育成にお力を注いでいらっしゃるからです。そのテーマに深い関心があり、このような機会にそういう人財とお近づきになれればと思ったからです。

講師の大谷悦夫氏

「経営者はウソをついては駄目だ」と講演する講師の大谷悦夫氏。

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講演概要

講演内容詳細 (0.98MB)

1.経営ポリシーの1  経営者 嘘つかない

私は理論家でもなければ、研究者でもありません。ましてや学識者ではありません。あくまで実践者です。したがって、今回のお話もまったく理論的なものでもなく、新しいコンセプトを発案したものでもありません。ただ、私がこれまで実践したことをまとめたものにすぎません。お話しする内容に、どこかの書籍から引用した部分もありません。すべて私の実体験を述べたものです。唯一の取り柄は、すべて本当のことであることです。

図1

図1 経営者 嘘つかない

こんなパネル(図1)が出て来ると、皆様あきれられると思いますが「経営者は嘘をつかない」というのが私の経営の最大のポリシーです。最近はコーポレートガバナンスであるとか、コンプライアンスとか難しい言葉が流行っておりますが、経営者が嘘をつかないという姿勢を貫けば、大半は解決するものだと思ってます。
経営者になるには三つの方法があると思います。
一つは自分で起業して経営者になること、すなわちオーナー経営者です。
もう一つは、成り上がる(言葉は悪いですが)その組織の社員から管理職、取締役などに昇格して、最後にトップに上り詰める形です。
最後が、外部から経営者に招かれる、天下る、スカウトされるなどのタイプです。
英語でmanageという単語を引くと、他人が所有する組織を経営するとあります。まさに経営者とは、これが典型です。私自身すべてこの三番目の形、外部から突然経営者になったものですが、このタイプこそ嘘をついてはならない経営者です。  

セミナー

セミナーでは『いくらもうけりゃいいの?』とのテーマで経営経験をお聞きし、
日本の経営を学んだ。医療法人を含んだ豊富な企業の経営体験をお聞きし、
講師(大谷悦夫)との質疑応答の中からも実践的経営を学ぶことが出来た。

ひとこと嘘があると、オーナーの信用を失い、社員の信用を失い、このタイプの経営者はおしまいになります。「経営者は絶対嘘をつかない」が私の経営のモットーですので、本日の講演にも嘘はありません。全部本当のことを申し上げますが、そうなると様々な差し障りが出てきます。従って、私が経営した事業の名前は伏せさせて頂きます。私が自分のことを無冠、無資格、無肩書とぼかしたのも、一つはこれが理由です。

2.経営ポリシー2  従業員の給与は同業者の水準以上に

本日の講演は、最初は「医療法人の経営について」という課題を頂いていました。しかし、私は一応医療法人の経営に当たりましたが、まったくそれについて詳しく語るだけの知識を身に付けませんでした。そこで非常に困りましたが、医療法人の経営に当たって一番気をつけたことが経営と利益の問題でした。
医療法人の経営と利益の関係、非常に微妙な問題でしたが、それを深く考えた経験がありますので、今回は経営と利益について、『いくらもうけりゃいいの』という演題でお話をすることとしました。

ここに一枚のスライドがあります。

図2

図2 売上高・損益の推移(年度は仮です) 

図2はある企業の数年間の実績です。この企業の名前は申し上げられませんが,このデータは架空のものではありません。
棒グラフには二本の棒があります。二本とも当期の利益を示しますが、一本は決算書に計上された経常利益そのものであり、もう一本は、当該期の従業員賞与をある月数(例えば三ヶ月)にした場合の経常利益です。従業員賞与を増やせば経常利益が下がりますし、賞与を減らせば経常利益が上がります。これこそ、いくらもうけりゃいいの、という一つの例です。
会社経営上は経常利益が多い方が良い、株主にとっても同様ですが、従業員賞与を下げることで挙げた利益というものは、果たして理想的な利益でありましょうか。私の経営のもうひとつのポリシーには、従業員所得を少なくとも同業他社(同地区、同条件の)と比較して標準以上の水準にすることがあります。同業者のトップクラスとすることが理想でしょうが、少なくとも標準以下にはしないということを経営のポリシーとしております。

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3.総合商社丸紅での新人時代の利益観

1964年、私が社会に出た時は、東京オリンピックの年、新幹線が開業した年、新しい日本が動き出した年です。新入社員としての私の仕事は、東京本社から送られて来る輸入機械のカタログを見ることでした。半年間も何もしないでカタログを読んでいた私は、スイス製の光る噴水というものに興味を持ちました。今では珍しくありませんが、当時広島には見られないものだったと思います。
それを持って、広島電鉄に売り込みに行きました。
檜山社長は、丸紅が三井物産に追いつくためには彼らの三倍客先を訪問すべし、と言っていました。私はそれから毎日客先の資材課を訪問しました。いつしか見積もりを持って来いということになり、1,000万円の機械に100万円上乗せして提出しました。その後も、飽きずに毎日資材課を訪問しましたが、ついに"明日は課長といっしょに来なさい"と言われました。
課長に報告したところ、それは価格交渉だと言われ、お前はいくらで見積もりを出したのだと質問されました。私は10%乗せて1,100万円で出しましたと言いましたが、課長は、そうかそれなら1,000万円にしろと言われるだろうなとつぶやきました。
私は課長に、「一切値引きはだめです」と言いました。課長が「なぜだ」と聞きますので、「私の月給は2万円だから一年で24万円、賞与などがあれば30万円ぐらいだろう。交通費などの経費もかかるので、この案件の経費は大体50万円だろう。広島支店にも50万円の利益を残したいので、どうしても100万円、1割の利益が必要。だから値引きはできないのです」。
翌日の価格交渉は、課長の予測通り100万円安くしろということから始まり、50万円の値引きで収まりました。課長が値引きを飲んだので、私は極めて不満でした。そんな私に課長は「心配するな、私が東京本社と交渉して買値を50万円安くしてもらうから、そうなれば君が計画したとおり10%の利益が出るよ」と言いました。買値を値引くことを私はそこで初めて知りましたが、この価格交渉が、私が利益に関する認識を持った初めてのケースでした。

4.当時の商社マンの利益観

1968年、私は東京本社の機械輸出本部に異動しました。そこでは、当時丸紅の最先端を行く優秀な社員が忙しく働いていました。毎晩11時ごろまで残業しなければ間に合わないほどの仕事量でした。その非常に忙しい時に、私は商社口銭の妥当性について興味を持ちました。
私の発想は、仮に同じ仕事を丸紅と三井物産が争った場合、例えば、あるメーカーからあるプロジェクトの代理店を頼まれて、それぞれが必要口銭を提示するようなことがあった場合、丸紅が5%と提示したのに対し、三井物産が3%で、できると主張した場合、その仕事の代理権は三井物産に取られるのではないか、こう考えると、あるプロジェクトをいかに安い経費で仕上げることができるかが商社の実力ではないかという関心でした。
まだ30歳になっていなかった若造でしたが、私は当時の部課長クラス全員にアンケートを回付して、回答を求めました。同じプロジェクトで、同じ会社の同じ部門の部課長ですから、ほとんど同じ程度の口銭率が回答されるものと考えていました。しかし、意外なことに各人の回答はばらばらで、1%程度から4%以上までの幅があり、計算根拠もまちまちでした。
当時の商社マンは、一人一人が別々の会社の経営者のように独立した考え方で仕事をしていたようでした。ここで私は、コスト、コンティンジェンシー、リスクなどの考え方を学びました。

5.北陸の機械部品製造会社経営

将来の会社を背負う若手19名を選抜して、ドラッカーを教える
2002年、縁があって北陸にある機械部品製造(組み立て)会社の経営者として招かれました。
その企業は、創業者であるオーナー経営者によって健全に経営されていた会社でしたが、オーナーは会社の組織化、その後の事業継承問題を考えていました。オーナーから私への要望は、会社を組織化し、合理化し、然るべき後継者にスムースに継承できるようにして欲しいと言うものでした。
「経営を任せた以上、一切口を出さない、思うようにやってくれ」と言うオーナーの言葉は嘘でなく、役員人事も含めて私がやりやすいようにスタートラインを決めてくれました。私は、会社を組織化し、恒常的な利益が上がるような体制にすることに全力を尽くしました。
先ず、将来の会社を背負うであろう若手を19名選抜しました。私が日常の業務を通じて感じた印象などをもとにして選抜し、オーナーに意見を求めましたが、私の印象とオーナーの見解はほとんど一致していました。
私は彼らを集めて、
  これからみんなと経営の勉強会をする
  私がこれまで読んできた経営書の中からベストだと思うものを選んで
  隔週土曜日の業務が終わってから読書会をする。
  その都度、質疑をしたり、実験をしたりして実際の経営を学んでもらう。

と話しました。社員たちは面白がってついてきましたが、本当に隔週何時間も退屈な読書会をするとは思っていなかったのだと思います。また、選んだ教科書は、松下幸之助の経営心得帳とドラッカーのマネジメントでしたが、これについてはオーナーから「大谷さん難しい本を読ませても分かりませんよ、彼らは毎日現場で手作業をしている技術作業員ですから」と言われました。しかし、私はオーナーに「このような会社(製造業)の経営は、法律や経済を勉強したものが行うよりも、事業の技術部門を経験したものの方が適している。決して工場作業員に経営が理解できないということはない」と話して了解を得ました。
当時ドラッカーと言えば、経営学では有名でしたが、一般の職員が知っていたとは思いません。最近、『もしも女子高生がドラッカーを学んだら』というような漫画や映画ができましたが、これはその十年も前のことです。
ここで社員に学んで欲しかったことは、山ほどありましたが、特に経営と利益の問題については、正しく理解してもらいたいと考えました。
これが経済学や経営学を学んだものであれば別ですが、純粋な技術者あるいは技術屋といわれる人には、なんとなく利益が二の次、あまり利益にこだわると何か悪いことをしているような気がするという偏見があると思ったからです。 

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6.もうけ続ける普通の会社

この会社では、年に一回キックオフミーティングというものがあり、毎年期初に、各部の方針を発表する会があり、そこで、次のような会社方針を発表しました。(図3、図4参照)
  "儲け続ける普通の会社"
言い方はどぎついかもしれませんが、恒常的に利益を生むことができる会社を、いかに世の中のルールや倫理に反しない形で経営するか、ということを平たく言ったにすぎません。
なぜ儲けなければならないか、それを一時的なものにしないためにどうすべきか、組織的、合理的そして倫理的な経営とはどういうものか、ということを実例にそって若い技術系の社員に理解してもらおうとしたものであり、それを全社員に公開して経営者が逃げられないようにしたものです。
これを始めた時にオーナーは心配しました。
そんなことを言い切って、しかも若い女性社員も含めた全員に公開して、後々支障はないものかどうか、"普通の会社"という意味には人事評価の合理化や"見える化"も含むというが、そんなことができるものかどうか、という懸念でした。

図3

図3 もうけ続けるふつうの会社(1)~(4)

図4

図4 もうけ続けるふつうの会社(5)~(8)

具体的には2002年にコミットしたことを、2003年には社内稟議を通して実行しました。心配されていた人事考課も大きな問題なく履行できました。
この結果、経営状態がどうなったかは、後ほどお話しますが、これをやったから収益が改善したということはありません。しかし、これをやっても収益が落ちなかったということは断言できます。
要するに、私企業的、中小企業的、オーナー経営的な経営をしなくても、企業の業績には大きな変化はなかったということです。一流企業の皆さんには、なあんだ、ということかもしれませんが、個人企業の経営者には、大企業的な経営は自分たちのような会社には向かないのだ、という恐怖感があります。
私の実績は、この不安、恐怖を払拭する意味があったと思います。

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7.北海道の医療法人

理事から借金をすることで、資金難を乗り切る
個人的な理由(母の介護)で、北陸の会社を退任した私は、引退して介護に専念するつもりでしたが、私の退職とほぼ同時に母を亡くしてしまいました。
たいへん失望しましたが、どういうわけかこの時期に北海道のある医療法人のトップから経営を手伝ってほしいと依頼を受けました。医療法人の経営などには経験もなく、医療業界には特有の難しさがあると言われているので、相当躊躇しましたが、最終的にお受けすることにしました。
この医療法人の名前を明かすことはできませんが、伝統のある、地方では規模の大きな法人でした。業績自体は悪いとは言えませんでしたが、キャッシュフローに苦労していて、その改善と安定化が大きな課題でした。
私が関係した時期は10月頃でしたが、12月の従業員の賞与支払いに問題を抱えていました。当時は金融機関から短期融資が受けられない状態にあり、どうしたものかと思いましたが、手持ちの車両をリース会社に売却し、リースバックする形でキャッシュを得ました。当面の賞与支払いはそれで乗り切りました。
事業経営に於ける運転資金調達の重要性は、事業経営経験者なら十分お分かりと思いますが、私はそれ以降3年間、一度も短期資金の融資を銀行に求めないで経営しました。数百万円のキャッシュに苦労する毎日でしたが、どうしようもない時には、理事から借金をしました。5~6人の理事(全員が医師)に話をして、私の責任で数ヶ月後には必ずお返しするからとお願いして一人100万円程度の借り入れを得ました。もちろん期末には利息をつけてお返ししました。
この話は、下手をすると自分の勤務する医療法人の経営の不安定さを示すものとして、危険なことかと思いますが、このケースでは逆に理事たちの事業に対する献身を伝える効果があったと思います。従業員たちも経営の改善に心がけるようになったと感じました。
ここでも経営と利益の問題が大きなテーマになりました。
医療法人の経営の主力は、医師、看護師、検査技師、薬剤師、リハビリ療法士、放射線技師、栄養士など、全てがいわゆる技術経営人財です。これらの人たちに必要利益というものを実感してもらうことが非常に重要であり、同時に非常に困難でありました。困難であった理由は医療法人であったからです。
一般の企業でもなりふり構わぬ利益追求で、社内をまとめることは困難ですが、医療という利害とはまったく離れた事業目標を持つ医療法人の職員に対して、利益を上げることの重要性を納得させることは難しいことでした。
さまざまな試行錯誤がありました。最初は、医療の主役である医師と看護師を除いて、コメディカルスタッフといわれる検査、薬剤、放射線、リハビリ、栄養などの幹部に利益の重要性を伝えて協力を得ようとしました。そのために使ったのが以下のパネルです。
これは私が医療法人に着任するときに自己紹介替わりに行った講演の資料です。
この講演はみごとに失敗しましたが、ここで私は戦争に勝つためには、主力である戦闘要員の活躍が必要なのはもちろんですが、それを支える兵站部隊の充実が不可欠であることを伝えようとしました。(図9参照)
日露戦争のバルティック艦隊の失敗例などを引き合いに出した講演でした。

図5

図5 医療法人でのプレゼン資料

医師の待遇改善に取り組む
医師、看護師を除いてコメディカルのスタッフに利益教育をしようと初め考えたのは、医療行為の主役である医師、看護師を利害の世界に引き込むことを控えようと思ったからですが、それは本筋を外れていると反省しました。
その後、若手医師4~5人を対象にして食事会などを催し、経営に関する本をプレゼントして経営に興味を持つように話しました。「勤務医である医師は、当座は経営の問題から離れていられるかもしれません。しかし、いずれ自分が開業したり、組織の長に就いたりした場合は、どうしても医療のみならず経営問題を考えなければならなくなる」と医師たちに話をしました。
本は、前回製造業の若手工員の勉強会に使用したものと同じ、松下幸之助の経営心得帳とドラッカーのマネジメントでした。さすがに読書会まではやりませんでしたが、何度かの食事会を行って、経営の重要性や、要点を話し合いました。

医療法人と一般の株式会社の相違点と類似点
一般には株式会社は営利目的で、医療法人は営利目的ではない、と言われてますが、株式会社であっても利益が最終の目的ではないこと、また医療法人に於いても利益を忘れて経営はできないこと、利益を追求することは決して悪ではないことなどを、言葉を変え、場面を変えて執拗に話し続けました。
医師は最高のインテリです。したがって理解力は誰にも負けないほど高いものです。しかし利益の重要性を頭で理解できても、日常の自分の医療行為にそれを反映させることは難しいことでした。毎月行われる院内の会議においても、私は利益を挙げなさいという話をした記憶はありません。病院の経営状態を正確に"嘘をつかないで"全員に説明し、そうなった理由を指摘するだけにしました。例えば現在の病床の稼働率はどのくらいで、目標からどのくらい離れているか、とか、患者の平均在院日数はどのくらいで、理想はどのくらいであるとか、病院の現状と経営の目指したいところを明らかにする程度の話にしました。
優秀な頭脳集団である医療法人の幹部にはそれで十分で、何をやるべきかは全員が間違いなく理解できたと思います。理解した上で、病院経営のために協力をするかどうか、それは一人一人の胸の中にあったと思います。経営側の姿勢が正しく伝わって、それにやましいところが見えなければ、職員の協力は得られるものだと思いました。
もちろん改善策はいくつか打ちました。もっとも気を配ったのは、医師の待遇改善でした。それまでの給与制度、年功序列が主になっていて、働き盛りの若手医師に不満がありました。
手術数、担当する入院患者数、宿直回数などなど、医師の日常業務の量に応じて報酬が変動するようなシステムにし、年功序列としては、50歳で報酬を頭打ちにしました。若手で働き盛りの医師がこれまでより多くの報酬を得られるようになりました。これは勤務する医師の満足につながっただけではなく、院外の医師に対するPR効果をもたらし、医師を募集するときに当院を選択する若手の医師が増える結果になったと思います。医療法人の経営を左右するのは、優秀な医師と看護師をいかに多く集められるかにあります。いい評判がたてば、入職を希望する医師・看護師が増えますし、逆に出るといくら募集しても人が集まりません。従業員に良い待遇を与えて、事業利益を高めること、これが私の理想でありましたが、効果は表れたと思います。しかし同時に医療法人の人件費総額を高める結果になり、先々の収益計算に問題も残したと思います。

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質疑応答

無駄がないような経営をすれば自然と儲かるようになる

質問者(小泉賢貴(株)朝焼け代表取締役):病院の経営に関してお聞きしたいが、基本的に診療報酬があって、ある程度売上が一気に上がるという仕事ではないと思う。利益改善をその中で、どのようにして達成出来たのかを知りたいので教えて欲しい。

回答(大谷講師):自分でも利益改善の本当の原因がよく分かりません。医療報酬を含めた診療制度は厚生労働省が決めています。医療報酬とは、それだけ収入があれば病院は赤字にならないという(役所が考えた)数字です。基本的には「それだけの医療報酬では病院が潰れますよ」という数字ではありません。血液検査したら幾ら、初診料が幾らと言う風に報酬が細かく決められていて、それでうまく行くはずだと言う事になっています。(こんな発言をすると医療関係者に叱られると思うが)だから逆になぜ経営が赤字になる病院が多いのか、私には十分理解できていません。私は特別のことをやった覚えはなく、普通にやっただけです。もともと実力のある病院だったからだとしか言えません。

小泉賢貴朝焼け代表取締役

病院経営に関する質問をする小泉賢貴朝焼け代表取締役(前列右)

給料以外でモチベーションを上げられないか

質問(越智徹(株)NTTファシリティーズ中央):利益を出すためには一つの方策として、先ほど社員の給料の話があって、なんとなく今の世の中的には、そちらの方をコントロールしています。実際そうなると社員のやる気とかモチベーションに関わってくると思います。その辺をうまくバランスをとる仕組みとか、もしくは社員のモチベーションを上げる方策は具体的にあるのでしょうか。社員のやる気を出させる給料以外のモチベーションについて、何かヒントがあれば教えて欲しい。

回答(大谷講師):「給料は厳しいけれども働け」と言うのは、なかなか難しいことです。会社を儲けさせたいという気持ちが組織全体に浸透すれば、会社は儲かるだろうと思っています。北陸の電機会社の場合はもちろん評定を変えました。結構ユニークな評価制度を作ったので、参考になるかもしれません。円を3分割して三つに分けて、一つは個人の技能の習得の場合、たとえば溶接をする人の場合、溶接が上手でなければしょうがないから、1/3はその人に与えられた技能の習得を評価することとします。1/3は会社に対する貢献を評価します。いくら溶接が上手でも会社の収益に対する貢献がないとダメです。残り1/3は、あの会社特有なのだが、横のつながり、組織間の連携を良くしたら評価することにします。例えば非常に溶接の技術の上手い人がいて、そのために会社が儲かって、その人がその技術を隣の工場に教えてあげれば、その人は満点だ。大まかに言うとそういう評定をして、その1/3を結構細かく分けました。技術で評価出来ない人もやっぱりいます。
医療法人の場合は、医師の成果報酬の重みづけを強めました。例えば外来の患者を何人みたらどうこう、入院患者を何人みたらどうこう、と全部「診療行為が報酬につながる」と言う点を強調しました。
これも「お金で釣るのか」という異論もありましたが、結構効果があったと思います。
特に若い医師は非常に頑張りました。その結果、若い医師が増えました。最初医師の人数は、15人ほどで、高齢の医師も多かった状況でしたが、最後は、例えば循環器内科のベテランだとか、神経外科だとか、結構難しい技術を持った働き盛りの医師が増えました。病院の給与制度などの情報と言うのは、意外に速く伝わるものです。「この病院は高い技術を持った医師を評価して、技術が報酬につながる」となると、そう言う医師が集まりやすくなりました。
逆に、年功序列を弱めて50歳以上は昇給無しと言う事にしました。高齢の医師は十分豊かな生活水準にあって、給与よりも勤務条件(宿直回数など)を重視するので、50歳を過ぎた医師とは話し合って合意を得ました。50歳以下の人にとっては有利な条件なので、若い医師は来ることになりました。それが医療法人の収益を高めた原因になったかもしれませんが、具体的には数字では示し難いものなのです。しかし、それは経営者の信念なのです。安い給料でこき使おう」と思うか、思わないか。私は思わない。自分自身が安い給料でこき使われたくはないと思うからです。

スペシャリストがマネジメントをする難しさを理解する

回答(大谷講師):医師もそうですが、技術者はスペシャリストだと思っています。それでスペシャリストが経営をするということが、私には十分理解できていません。(自分が技術系ではないからだと思うが、経営というのはむしろジェネラリストの仕事のような気がする。)"manage itself"という言葉があるのかどうかは知らないが、大学の時に"sport itself"という言葉を体育の先生から教わりました。スポーツ(sport)と言うのは「楽しむ、楽しませる」と言う意味があるが、その先生は「スポーツの目的はスポーツしかない」と言う。「スポーツの目的は勝つことだとか、お金を儲ける事だとか、そう言う事ではない」と言うのです。「スポーツの目的は極端に言うと無い、スポーツのみだ」と。なんとなく私は、マネージ(manage)と言うのは、マネージする人間にとっては、それ自身が最終目的の様な気がしています。一所懸命マネージして何かを上手くやること、それだけが楽しみというか、成果を挙げて高額のマネジメント報酬を貰う事とは、ちょっと違う様な気がします。

質問する越智徹氏

「給与以外でモチベーションを上げる方法が
あるだろうか」と質問する越智徹氏(右)

それで技術系の方がマネジメントをやると言う時に、一体どういう風に物を考えるのだろうと考えます。私は技術系ではないので、マネジメントだけに突っ込めます。しかし、私が医師だったら医療技術と言う物を持っているから、そう言う人がマネージだけに突き進めるかなと言う気がしています。マネジメントと言うのは突き進まないと上手くいかないと私は思っています。
浮気が出来ません。365日24時間の業務だと思っています。そういう意味で、いわゆる技術専門性とマネジメントと言うのをどう言う風に皆さん折り合いをつけておられるのかが、私の疑問と言うか関心事です。(このmanage itselfという考え方には、まだ自分なりの結論が出ていない。考え続けているテーマですので十分な説明ができません。)

会社が儲かった時、給料をもっと出せとならないか

質問者(上川晋一郎DSP(株)代表取締役社長):従業員に会社の利益を開示するのは非常に難しいと思っています。小さい会社で会社が儲かっていると「給料をもっと出せ」と言う風に騒ぎます。反対に大きな上場企業だったら、利益が出ていると、「うちの会社は安定している。良かったね」となります。従業員に対して利益をどの様に開示して行けば良いかを凄く悩んでいます。何かアドバイスがあればお願いします。

回答(大谷講師):私は、100%情報を開示しました。北陸の会社もそうだが、病院もそうでした。それこそ20歳位の看護師にまで「今の病院はこれ位儲かっています、あるいは苦しい状況です」と言う事を毎月開示しました。
しかし、批判がありました。今の様な話で「儲けすぎたらもっとくれと言う事にならないか」との疑問です。経営が悪い時には、病院が危ないと言う事になります。それを看護師が隣の病院の看護師にしゃべる事になるという批判もありましたが、私は100%開示しました。別に問題は起こりませんでした。もちろん変な事が起きる可能性はありましたが、私の時には何も起こりませんでした。
情報を開示するのは難しくないが、情報をコントロールして何かを隠したり、あるいは隠さなかったり、という器用な操作をすることの方が、私には難しいと考えています。 

上川晋一郎DSP代表取締役社長

「従業員に対して利益をどのように開示して
いけば良いかを悩んでいる」と質問する、
上川晋一郎DSP代表取締役社長(左)

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