一般財団法人アーネスト育成財団

技術経営人財育成セミナー(第14回)変革期のリーダーが学ぶことは何か

エスノグラフィの経営への応用
-製品・サービス・組織のデザイン手法を学ぶ-

平田 貞代(ひらた さだよ)
(芝浦工業大学 工学マネジメント研究科 准教授)

日時 2015年2月17日(火) 17:00~19:00 (講演90分、討議30分)
場所 一般財団法人アーネスト育成財団事務所内 アクセスへ
参加費 3,000円(終了後の懇親会費用を含む)
定員 最大18名(定員になり次第締め切ります)
申込方法 FAX 03-6276-2424 または Eメールoffice@eufd.orgにて
主催 一般財団法人アーネスト育成財団

講演PDF(案内)(991KB)

製品・サービス・組織のデザインにおいて、利用者、顧客、従業員といった関係者の実態を把握することは難しいものです。それは形式知化されてない情報に基づいて、人は思考したり、行動したりするからだといわれています。講師の平田貞代准教授は、形式化されていない情報を把握する方法として、文化人類学における研究方法の一つであるエスノグラフィを使用することを提案しています。
エスノグラフィとは、人々(ethno)を描く(graphy)ことにより無形の文化を理解する方法です。講演では、強い製品・サービス・組織をデザインするための道具として、エスノグラフィを実践する方法を講演して頂きます。
「グローバル化が進み複雑さが増す環境において、経営の競争力を高めるために、こうしたエスノグラフィの応用は強力な手段になり得る。エスノグラフィの実践がグローバル化に打ち勝つ競争力の強化につながる」と平田先生はお考えになっています。
エスノグラフィを学びながら、講師との質疑応答を通して参加者全員で新しい経営手法の開発について学ぼうと考えています。

【講師略歴】

平田 貞代(ひらた さだよ) 氏

1987年横浜国立大学教育学部卒業、同年富士通株式会社入社。
海外および国内の情報システムの開発に従事しながら2004年早稲田大学大学院アジア太平洋研究科修了。
2010年東京工業大学大学院イノベーションマネジメント研究科修了。
東京工業大学より博士(学術)授与。
PMP、ITIL 、CMMI国際資格取得。
2011年より法政大学イノベーションマネジメント研究科客員准教授。
2013年富士通を退職し同年芝浦工業大学大学院工学マネジメント研究科准教授を務める。
2014年より株式会社ロック・ペーパー・シザーズ社外取締役就任。

芝浦工業大学大学院工学マネジメント研究科 准教授 平田 貞代

『エスノグラフィの経営への応用 -製品・ サービス・組織のデザイン手法を学ぶ -』

司会(小平和一朗専務理事):今日は『エスノグラフィの経営への応用 - 製品・サービス・組織のデザイン手法を学ぶ -』というテーマで講演をお願いしている。もともと「エスノグラフィ」というのは民俗学などで良く使われる手法ということで、これを経営に応用するという研究に講師の平田先生は取り組んでいる。

人との関わり、相互作用を見ていく研究方法にエスノグラフィがある

講師(平田貞代芝浦工業大学大学院准教授):今日はエスノグラフィの経営への応用ということを、製品やサービスや組織をデザインする際にどのようにエスノグラフィが役立つのかを、事例を交えながらお伝えしたい。
皆様は、ビジネスのいろいろな局面に携わっておられ、経営されている方もいらっしゃる。ビジネスの実態を把握するために、ヒト・カネ・モノというものをつぶさに見ていくということは、皆さん既にされていると思う。ヒト・カネ・モノが複数になり、その間の影響の調査や、実態の把握は難しくなる。このような調査や把握について皆様はいろいろなノウハウ・経験を持っていると思うが、今回はヒトとヒト、ヒトとモノ、ヒトとカネといった「ヒトとの関わりや相互作用」を捉えるための研究方法のひとつである「エスノグラフィ」を紹介したい。
グローバル社会でサバイバルする道具として、私はこのエスノグラフィは非常に有効だと感じている。エスノグラフィをどの様に使っていくかを、例をあげながら説明していきたい。
お話しする順序としては、最初に「日本の国際競争力」のなかでエスノグラフィをどう位置づけて行くか。
次に今日の話を聞いて実践してみようという方に、実践に役立つ情報として、産業界でどの様に応用されているか。それから実際にそれをどうやるかという事で、最も代表的なものに「参与観察」があるので、そのやり方。最後に製品開発の道具としてどの様に活用できるかを説明する。

図1 日本企業に導入された代表的な米国式制度

「今日はエスノグラフィの経営への応用ということを、製品やサービ
スや組織をデザインする際にどのようにエスノグラフィが役立つのか
を、事例を交えながらお伝えしたい」と話す、講師の平田貞代氏。

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講演概要

講演内容詳細 (850KB)

1.日本の国際競争力 

日本の国際競争力は壊滅したのか

今日お話ししたいのは、日本の国際競争力が落ちているという事である。2000年代前半に顕著化してきた「日本の国際競争力が落ちてきた」と言われている原因に、「グローバル化、デジタル化、モジュール化、コモディティ化、オープン化」があったといわれている。こういうことが一気に進んできた時に、日本の国際競争力がどの様な状況に陥ったか。
「短納期、大容量生産、低価格化競争」に陥ったと言われている。皆様はどのようなビジネスに携わられているか。色々な業界を問わず「グローバル化、デジタル化、モジュール化、コモディティ化、オープン化が浸透して近年変わってきたな」と体感されていると思う。

産業ビジネスの中に人間を見るエスノグラフィを取り入れる

「短納期、大容量生産、低価格化競争」に陥ったということだが、詳しく見て行くと、失われた10年、20年というが輸入品・輸出品の金額とか品目で細かく見て行くと、国際競争力が低下しているその中でも影響を受けていない、むしろ伸びているというものがある。
具体的には「輸送用機器、電気計測器、原動機、IC」というものの一部に失われた20年の中でも伸びているものがある。どうして他の製造業と違って伸びてきたかの調査をした研究報告がある。それを読むと「技術を要求に対応させる暗黙知が非常に複雑なものが生き残っている」と報告されている。これが日本を今後も強くする原動力になるのではないか。まだ調査が続いている。
この「技術を要求に対応させる為の暗黙知の蓄積」が、私が技術系・機械系の産業ビジネスの中に「人間を見る」というエスノグラフィを取り入れると良いという今回の主張の根拠の一つである。 
「グローバル化により人材が流動する事」、また「情報化により要求が変化するという事」、「ネットワーク外部性による相互作用が非常に複雑になっているという事」、こういった事は言葉では皆さんご存じだと思うが、一体どう実態を把握するのか、暗黙知を継承していくのかは、ぴったり良いものがある訳では無い。

現場で自ら体験し、参与しながら理解する方法

従来、調査とか実態を把握するために、皆さんが必ず用いていた「統計でマーケティングする」などの方法で調査が進んで、例えば統計調査がドンドン蓄積され、方法が洗練されてくると、形式化された情報、蓄積された過去の情報は非常によく分るようになってくる。
特にビッグデータが出現してからは、大量のデータを扱う事が出来るので、非常にリアルタイムに事実が把握出来るようになって来た。一方、暗黙知と言ったもの、これはどうか。
暗黙知は「形式化出来ない、見えないモノ」ですから、ビッグデータの中には蓄積がされていない事になる。そうなると、直接形式化することが困難な情報は一体どこにあるか。それは「現場」にある。現場にそのまま散在している事になる。(図1参照)
それは監視カメラに映しておくということもあり得なくはないが、映しておいても、例えば職人さんの暗黙知が分るかどうか。先ほどの様な、伸びてきた機械産業の要求と上手く技術を対応させていくようなコツが分るかというと、そういう訳でも無いということで、このような暗黙知は一体どうしたら良いのか。「現場で自ら体験して、参与して行きながら理解する」という方法になるかと思う。この方法が文化人類学の「エスノグラフィ」と言われている方法になる。 

図1 日本企業に導入された代表的な米国式制度

図1 情報の種類

2.エスノグラフィ

ゴリラが生活している環境の中でゴリラの目線で行動を見ると、得られる情報が違ってくる

文化人類学における研究方法の一つである「エスノグラフィ」、特にそのいくつかの方法の中で代表的なものに「参与観察」という名前が付いている。
これは「観察」という言葉であれば皆さんいつもしていると思う。特に皆様の様なビジネスのご経験が深い方であれば観察力が非常に優れているはずだが、皆さんが普段やっている「観察」と「参与観察」は少し違う。「観察」でも色んな観察がある。例えば「植物の観察」「虫の観察」などがある。そういうものと「参与観察」は一体何が違うのかをこれから見て行きたい。
色々な少数民族や、普段なかなか私たちが見たことが無いような所に、この方が文化人類学者で、その方たちと一緒に暮しながら「どんな文化があるのか」ということ理解するというプレゼンテーションである。そこで例えば、「服装とか食べ物が違うね」とか、「言葉が違うね」という表層的な事では無くて、彼らと一緒に暮らしながら、何が「彼らの要求なのか」、「重要視している事なのか」とか、「生きる目的なのか」とか、そういう事を、言葉とか環境の違いの中に自分が入って行きながら理解していくというものである。これが普通の「観察」では無くて「参与観察」となる。
参与が付くか付かないかの違いは、例えば、先程の様な民族の文化の理解だとしても、どこかに来てもらってインタビューしながら理解していくとか、ビデオを見ながら理解していくということになると、普通の「観察」になる。

現地で何年か暮し、住民達と仲間になって分った事を記録し、伝えるもの

秘境の文化で、いろいろな少数民族とか、秘境の所に出向いて行って、「こんな暮らしをしている人たちが、こんな事を大事にしているよ」という事を伝えるための研究であった。
それが、例えばこの:ブロニスワフ・マリノフスキの写真(図2参照)であるが、これは、いちばん最初にエスノグラフィという手法を確立した方だと言われている。この写真で分るように、現地で何年か暮して、住民達と仲間になって分った事を記録して、伝えていくというものである。その後に、マーガレット・ミードはサモアに行って暮して、民族の文化を伝えている。
こんな風に秘境の地の文化を理解して紹介するということが盛んになってきたが、その後は、秘境ではなくて都市の社会問題を観察して伝えるということだけなく、何らかの解決の糸口を出すという為に研究の目的が広がって行った。例えば路上生活者達を観察して、「社会の裏側にはこんな理不尽な構造がある」みたいな事を伝えて、どうやって解いていくかという事を訴えるというものである。
その後、エスノグラフィという研究のスタイルがだんだん浸透してきたので、もう少し方法自体を研究する事が盛んになってきた。特に言われていたのが、実際の人の物凄く生々しい細かいところを記録して紹介するので、倫理がどうなのかということや、記述形式についての批判が多くあって、それを克服するような研究が盛んになってきた。
方法論も批判があった分だけ洗練されて、使いやすく正しく実態を把握する方法に進化してきたので、2000年くらいになって産業界でエスノグラフィという研究方法を使おうという動きが出てきた。

図1 日本企業に導入された代表的な米国式制度

図2 ブロニスワフ・マリノフスキ

3.産業界へのエスノグラフィの応用事例

どんな企業がどんな風に使い始めたのかということを見てみたい

ノキアのインド事例:インドに行かないと気がつかない

ノキアが北欧を中心に携帯を売って市場を独占した後、次はどうしたら良いかという事で、まだ売っていないインドの方で携帯をもっと売りたいと思い使ったのがエスノグラフィと言われている。
インドに出向き、インドの街頭で皆がどの様に携帯を使っているのかを観察したり体験したりした。そうしたら「インドって土埃が多くてザラザラするなぁ、携帯もザラザラするなぁ」という感じが分った。ラップで携帯を包んで使っている方も結構いた。そこで防塵機能を付けた携帯を開発したところ、シェアの拡大につながったと言われている。
言われてみれば単純で当たり前でも、現地に居なければ「おや」とは気がつかないことがある。

パナソニックのインド事例:現地の観察メモをみて気づくことがあった

パナソニックのクーラーの事例。インドの駐在員になった日本の方が色々な量販店に行って見てみると、パナソニックのエアコンがほとんどない。だいたい韓国製。「どうしてこんなに品質が良いのに売れないのだろう」と現地の調査に行った。
120人くらいの現地の人たちを使って「普通のインドの家庭にそれぞれ散らばって入ってもらって、観察をしてメモしてきて下さい」とお願いした。そのメモを集めて日本人の駐在員の人が読んだ所、「ちょっと可笑しいなぁ、珍しいなぁ」という事があった。
それはインドの部屋は、だいたい天井にプロペラが回っていて、それでクーラーがあってもそれを点けっ放しにしている。クーラーが無い家庭が多いが、暑いので風を天井で回しっぱなしにしている。クーラーがあってもそれを回していた。クーラーは、あっても寝室に1台だけ。クーラーは当然一日中つけたまま、夜消すとか朝点けるとかは無い。この観察情報がどういう風に製品に役立てたのか。

改善結果、リモコンはいらない

「点けっ放し」「クーラーが利いていても、天井ファンを回しっ放し」というような事実の記録から、風がブーンと動いていると涼しさが感じられるという習慣があるということに気づく。
インド向けのエアコンに切り替えようという事で、まずリモコンとか温度調節機能を取った。これで開発費が安くなる。その代わりに風力、風を送る力を強力にパワーアップした。
あとこのポスターもエスノグラフィから気が付いたことを取り入れているが、韓国のものは、普通は窓に付けるタイプである。それが寝室にあるとベッドの方に張り出ていてちょっと邪魔というような感じがそのメモからあった。
インドは都市に人口が集中しつつあり、寝室が小さ目。窓も小さ目の傾向。それにもかかわらず、寝室の窓にエアコンが付くと非常に邪魔なので壁掛けタイプでコンパクトな薄型にした。この広告はインドで非常に人気がある女優が、「寝る時もスタイリッシュに」ということを伝えるために、「あなたの窓を取り戻しましょう」いという広告メッセージ。このエアコンが凄く売れた。

グローバリゼーションのためにローカライズする

今日はグローバリゼーションのためのMOT、その為にエスノグラフィがどう使えるかなので、ここでまとめてみたい。グローバリゼーションにエスノグラフィをどう使うかだが、エスノグラフィの中で一番メインの一番良く使われる「参与観察」という方法を使って、効果的なグローバリゼーションに持っていくにはどうしたら良いか。

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4.エスノグラフィにおける参与観察

エスノグラフィを実際やってみると、どうなるか

先言った観察、「普通の観察と何が違うのか」という事だが、文書で書くと「現場に行って、その人たちの生活の中に溶け込んで、仲間となって相手から受け入れられる事によって情報を教えてもらう」という事になる。
「文書や数字では表現しがたいありのままの記録をして、人々の行動の本質を理解する」、これ文書だけ読んでいるとなんか良く分からないという事になるが、先ほどの事例を思い出してみてください」。
「そこでどんな保守をしている」とか、「壊れる前にどんな使い方している」というような事を表面的にみるのでは無く、「どうして直らないんだ」といった会話から、その人たちが一生懸命に仕事しているけども、「うまく行かないのは何故なのか」という事を、その人たちの立場で、「マニュアルは持って行っているけど開いていないでサボっているんだろう」という偏見が邪魔をして本質的な原因に気づかなかった。
それぞれの関係者の視点から事実を見て行くと、本質が理解できる。 (図3参照)

図1 日本企業に導入された代表的な米国式制度

図3 参与観察とは

新しい発見をする手順

面白いことをいっている方がいて、これはノーベル化学賞をとった方で、トウモロコシの染色体を見つけたっていう研究で、「どうして、そんなにノーベル賞が取れるくらいの発見ができたのか。ほかの方はずっと探究しているのに、あなただけが発見した。なぜですか」という質問に対して、このバーバラさんがこう答えた。「トウモロコシと真剣に向き合って研究するとき、私はトウモロコシの外側ではなくて内側に入っている。トウモロコシの組織の一部に自分がなって、染色体が内側から見える。だから染色体が友人みたいに感じられて驚くほど。自分を忘れるほどに見続けるという事で発見ができた」と言っている。

その人の内側から見ることができると発見につながる

これは面白い表現で、私はエスノグラフィをやっている時に、こういう心境になる。
その人の内側から見て、その保守者の人が「ちゃんと重たいマニュアルをまじめに持って、疲れるけど何回も訪問しても、故障がまた直らない、自分もガッカリしている。自分はなにかサボっているのか」という様な体験の中から、「この材料と、このマニュアルと、自分の技術と、このシチュエーションで何が足りないのか」という事を、その人の中から何が足りないのか理解して、という事になる。
ニュートンがリンゴ落ちていく風景を見て万有引力を発見したというのも、文献は無いが私は、これは同じだと思う。たぶんリンゴを風景として見ていたのではなく、リンゴの中に居て、「ああ、何か引っ張られていく」という様な感じがして、引力がある事を発見したという風に、これは私の想像である。

なるべく相手から先に話させるのがコツ

参与観察以外に聞き取りもある。もし実施されるときは、インタビューもすごく有効なので是非お試しいただきたいと思う。実際演習でやってみると「ああ、なるほど」と思う事があるが、今日は時間が無いので言葉だけで整理していきますが、表面的にはインタビューとかアンケートとか誰でもやったことがあると思うのですが、エスノグラフィで聞き取りをするとどう違うかというと、こんな風になる。
インタビューで、例えば「今朝、何を食べましたか」とか「貴方は何歳ですか」とか、そんな様な事を予め準備して効率よく聞くというのに皆さん慣れていらっしゃると思うが、エスノグラフィの聞き取りでは、極端にいうと「質問を作ってはいけない」。それは、先ほど皆さんがおっしゃった様に仮説に囚われてしまうからである。
ですから「こちらから質問するのではなくて、相手が喋りたい事を聞いてください」というのがポイントになる。つまり、こちらから仮説を質問してはいけないという事だ。
あと、主導権は調査者ではなく、喋っていただく相手の方が主導権を取るという事になる。こちらから切り出すと、こちらに自然に合わせてくれてしまうので、「なるべく相手から先に話させる様に」というのがコツになる。

5.製品・サービス・組織をデザインする道具としても実践的エスノグラフィ

エスノグラフィでは仮説を発見する所からやる

このエスノグラフィをどんな所で使うのか。 
例えば、「何かモノを作るとき、サービスを作るとき、組織を変えたいとき」、「問題を分析して要求を定めるようなことがあるとき」。(図4参照)

図1 日本企業に導入された代表的な米国式制度

図4 新製品開発

こういう場合、普通は仮説検証をやらなければならない。皆さんはお客様や組織長の方から、「仮説を立てなければいけない」という風に言われていると思うが、エスノグラフィは、この前に「仮説を発見する」所からやる。
「その仮説は正しいのか」とか、「有効な仮説なのか」。正しくても、もう誰かがやっている、見つけた仮説だったら、それをやっても他社の真似になるだけで、価格も落とさなければいけないし、あんまり役に立たない。そんな時は、この前の仮説を発見するところからやる。

マジョリティではない珍しいものを探すのがコツ、マジョリティを調べるのに使ってはいけない

この時、皆さんが作りたい製品、作りたいサービス、変えたい組織の事を良く思い浮かべる。
もしマジョリティを狙いたいならば、従来の仮説発見型で、統計をとったりマーケティングしたりする。もし、まだ誰もやっていないサービスとか、まだ誰も使っていない製品を作りたい、あるいは新しい組織にしたい、という事になると、この辺のベルカーブの少ないところを狙いたいのだったら、統計とかマーケティング分析は逆に遠回りになってしまう。だって、こちら側が出てしまうから。
では「どうやってこういう小さい僅かな所を見つけていけばいいのでしょう」、これは仮説を立てないで見ていくしかない。なるべく、まだマジョリティではない珍しいものを探すというのがコツになる。こういう時にエスノグラフィを使う。だから間違ってもこのマジョリティの所を調べるのに使ってはいけない。そうすると逆に遠回りになってしまう。
この辺の演習は、私たちの大学の方で一科目でも受けられるので、もしご興味があったらこの科目だけ受けに来ていただけると、実際に実習をする。

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質疑応答

ノキアにとってインドの顧客はマジョリティではなかった

質問(前田光幸評議員、高知工科大学非常勤講師):マジョリティとマイノリティ。被観察者は本音を話すか。さっきのベルカーブの中で、一番左の所でエスノグラフィが役に立つと。その前の話で、インドのエアコンの話は、マジョリティの話。だからマジョリティにも関係あるのではないかなという事。もう一つは、観察して対象者がドンドン喋る様にするテクニックはいろいろあると思うが、上手く表現してくれるのかな。特に日本人はかなりネガティブだ。

回答(平田貞代講師):まず一つ目、インドのノキアの例はマジョリティではないか。確かにインドの街頭にいけば、誰でもラップに包んで全員砂埃がついている。マジョリティである。しかし、日本のメーカーとかノキアというフィンランドのメーカーから見れば、マジョリティでは無い。例えばフィンランドで何かマーケティング調査をして、それが分かるかというと、それまでは分からない。現地に行けば「ああ、誰でもそうしている」という事が分かる。でも、たぶんフィンランドから来た人だから「そうなんだ!」と発見できる。

質問(前田):ノキアの会社としてインドの顧客はマジョリティじゃなかったのですね。

回答(平田講師):「そうです」。「パナソニックもそうです」。日本の駐在員が見たから驚いた。「あれー、リモコンなんか要らないのだ」とか「温度調節しないし、切らない」。

図1 日本企業に導入された代表的な米国式制度

「ノキアの会社としてインドの顧客はマジョリティ
じゃなかったのですね」と質問する前田光幸氏。

経営・営業スキルとの類似性。銀行貸出審査での応用

質問(鈴木義晴株式会社スプラッシュ代表取締役):私は不動産仲介業をしている。先生の話を聞いて、今の銀行は住宅ローンの審査をするとき、まさしくビッグデータ、「どこに何年務めて、年収いくらだから、融資は可」と。ところが最近、「全国保証」という会社が全くそれを覆して、お客さんのヒアリングで「ありのままを全部言ってください」と。「デフォールト率はほとんど変わらない」と言っている。そうゆう審査をする保証会社も今はあるのかなぁって思えたし、もう一点、先生の話をよくよく聞いていると、不動産屋の営業マンが詰めるときの営業と全く同じじゃないかと。気持ちよく買わせるにはお客さんに先ず喋らせるという。

回答(平田講師):二つ質問があったが二つ目の「いや、これはいちいちココに来て、聞くような話じゃなくって、俺はずっとやってきたよ」という方がいる.と思う。例えば仕事の中でも、家庭の中でも、あと、誰か子供に何か教えるときでも、観察して「その人がどうなのか」という事を理解してから伝える事で、相手の心をつかむとか、動かす、人を行動させるという事をみなさん自然にやって来ている。
そうと思った方は今日来て時間を無駄にしたと思う。そう思った方は実際、そのスキルがある方だと思う。ただ、今日もし来ていただいて、それがたまたま「営業がうまいんだ、経営者として優れているんだ」という事をちょっと再整理して、それは「どういう手順とか、どういう方法から来ているのか」という事を振り返って頂くと、そのスキルを使いたいときに思う存分使えるとか、誰かに教える事ができるのではないかと思う。
一つ目の質問で「それは審査の時に使える」という事。2年前に私の研究生で信用金庫の方で、これを審査に取り入れている。「ただ、お金を貸したいときに貸す、という事ではいけないな。必要なタイミングで必要な方に貸してあげたい」、「貸せるのだけど、貸してあげたら相手に良くないかもしれない。もしかしたら貸してあげる事で、本当は淘汰したほうが良かった会社が、ちょっと生き延びて、だれも得をしないかもしれない」という事にいろいろ気が付いて、どういう審査方法が優れているかを研究されて、こういうヒアリング方法を取り入れて、その会社の状況とかを良く理解してから、それを審査のポイントに一つ加える事をやっている。

公的支援での反省。二次産業以外での応用。

質問(浅野理事、一般社団法人アフリカ協会副理事長):私、総合商社丸紅で富士通の通信機を中東アフリカで売っていた。世界銀行が12月9日にWorld Development Repot – WDR2015を発表した。その内容が「心・行動・社会」。何で世銀が今頃そんな事を言っているのだと、発展途上国人達の心だとか、社会行動だとか、そういうものをちゃんと観察しなければ、援助なんて出来ないと、中東アフリカで40年位仕事をやっていたので、そう思っていた。ところが世銀の開発援助は、経済学者がみな仕切ってやっている。そのため構造調整だとか言って、国有化で回っていた企業を民営化、いろいろな事を押し付けた。その結果「世銀は途上国の援助に失敗した」と言われている。いまお話を聞いて、エスノグラフィそのものではないけれども、同じようなアプローチを始めていると思い、非常に印象深かった。これを一次産業あるいは三次産業にアプライした例はあるのか。工業製品については理解しやすいが。一次産業というと農業とか水産業ですね。

回答(平田講師):農業はたくさん例がある。例えば品種改良して、弱いものをどうやって改良していくのかとか。こういう事をやっていると、農作業を観察、体験して、例えば、なにか土を足で踏んだ時の感覚で、水分がちょうどいいかどうかを測っている様な方がいて、そういうのを観察して、「ああ、土の水分が大事なのか」とか「空気の含有量が大事なのか」という事を調査のヒントに加えていって、品種改良とか生産量が上がったという事例がある。
三次産業(サービス)は沢山ある。レストランは良くやられている。チェックリストや覆面調査も流行っているが、それ以外の方法「エスノグラフィをやってみよう」が割とある。私が着目しているのは、実はあまりやられていない医療サービスでやったら凄くいいがある。人命とか体調に関わる事で、薬事法などいろんなルールでチェックポイントが凄く決まっているが、実は新薬やいろんな新しい症状とかは入っていない。それを見つけて行く時に、観察、その患者の方と一緒に暮らして、どういう症状かという事を、体験を一緒にしていくのは、非常に良いと思っている。一般的ではないか、認知症や色々な所で薬の効き具合や副作用などを見ていくという研究事例がある。
一つ目のアフリカの支援、いま例えばもっと身近に、中小企業向けの色んな助成金とかたくさんあって、いろいろやり始めるが、助成金が終わった所ですぐ無くなってしまうという事で「税金の無駄遣いじゃないか」という問題がある。それがちょっと似ていて、地域おこしとかでも、観察をして「どういう事が地域にとって非常に助けになるのか、力が付くのか」といった事を観察して評価しながら、助成金を使っていくといった事例がある。

意見(浅野):そこはJICAが一番責められている。単年度予算で付けて最初立ち上げたのは良いけどそのあと続かない。

順番がある。ここでエスノグラフィを使った後で従来の仮説検証に行くのが良い。

質問(大橋克巳評議員、元(株)クラレ常務取締役):私はメーカーにいてマーケティングをやっていた。エスノグラフィという言葉は、私がやっていた時には無かった。基本的なメーカーサイドの物の見方とか、サービスの形などを見ていると、製品を受け取る側のサービスの受け止め方のギャップっていうのが物凄くあって、マーケティングの中にいると両方が聞こえてくる。特にユーザーの本当の声が聞こえないというのが一番あって、これは日本のメーカーは物凄く努力してきたと思う。そこの情報の取り方や問題解決方法っていうのは、かなり素晴らしい手法が各企業の中に私はあると思う。それはエスノグラフィ的なものもある。
二つ質問があって、エアコンの話、マニュアル化したサービスが否定されすぎと思う。ある面ではユーザーを研究して製品を作れば、マニュアルが一番肝心なサービスを提供するパターンで、それに外れた部分をどう取り組むかというのは別の問題だと認識している。だからマニュアル化しすぎた教育にすると、ユーザーの声が聞こえない。「この手法は非常に有効」が私の観測だ。疑問に思ったのは、なんでパナソニックはインドでやったのが分からないのは、競争に負けている状態から、もう一回ユーザーの声を聴こうという格好の立場に変わったのでは無いか。ここでやられたエスノグラフィから出たユーザー情報を、問題解決したいという人が積極的に聞こうとした部分がかなりあると思う。ほとんど製品を変えるといっても、ローカリゼーションを余りやってなくても成功したのではないか。「聞く力というのをどう作り上げていくのか」が必要だと思う。

回答(平田講師):全ておっしゃる通りだ。ほとんどの方は「普通はそうじゃない方法、例えば仮説を立ててやっているとか、統計を立ててやっている方が早いし正確だ。それなのに、なぜこれをやるのか」とおっしゃられる。私はその通りだと思う。今日のお話の中で何回も打ち明けたが「間違って使わないでください」という事だ。
「まずはチェックリストで取れるなら取ってしまう。統計で分かるなら先に調べる」という所。でもそうじゃない「どうしても分からない所」「すごく少ない所を狙いたい」「まだだれも見つけていない事をやりたい」「それはヒット率が物凄く小さいところ」、そこにチャレンジしたいのだら、一般的な方法では無い珍しい方法を使わなければいけない。使いどころを見極めて頂き、なんでもかんでも良い訳では無い事を理解して頂きたい。

意見(前田):組み合わせが大事なのですね。

回答(平田講師):「そうです。確かにその組み合わせなのです」。このエスノグラフィでやった所は、順番がある。ここでエスノグラフィを使った後で従来の仮説検証に行くのが良い。普通、仮説が分かっているのならここからやればいい。その方が早い。でも、もっと違う仮説を見つけたいとか、分からないという時は「手戻りでもやりましょう」という事だ。分かったら「それで分かったね」っていう事。

ビッグデーターとエスノグラフィの使い分け

質問(大橋):民俗学の中で農村の女性の生活とか勉強している。そこで観察する、話を聞く単位が小さくなっている。全体分母の中で小さい単位に分散するというか、生活の仕方などが多様化しいている。そこだけ聞いて本当なのかという事がある。先生がおっしゃったビッグデータで非常に多様化して分散しているものを、仮説の所までは何か取り出して、そこから検証にかかれば合理的かという気がする。そういうケースはないか。

回答(平田講師):あるがコツがいるというか、それはデータサイエンティストと同じだ。すごく大きなデータから大きな兆候とかは分かる。リアルタイムの情報は、バラバラで「含む、含まれる関係」にあったり、「重複しているもの」があったり、だからそういうものを上手く調節して行って、本当のストーリーを見つけるというひねりが要る。そういうのがデータサイエンティストだと言われている。
それと同じで、データの中から「なんとなくココだな」という所を見つけ出してきてから、「どうやって範囲を区切っていくか」とか、「データを間引いて行くか」というところが分かってからであれば、エスノグラフィとの切り替えで非常に効率が良い。ただ、ビッグデータの困った所は、余りにも多い事だ。逆にどこを切り分けるのかが分からない。「セレンディピティみたいなものを感じる」とかが凄く薄くなってしまう。ストーリーを見つけるっていう確率も大変少なくなる。その中でどうやって切り分けるかという事と、本当に一つの農村の三人だけを見て、本当に良い仮説が出るのか、それは正しいのか、単なる一瞬の例外ではないかという事をどうやって確かめるかっていう、どっちが良いかという判断が必要だ。
このマーガレット・ミードっていう方は、一人者と言われて、その次に続いた方がサモアで暮らして、思春期の方の事を書いて有名になった研究だが、その後に、このエスノグラフィに感動してこの研究者のように学びたいと思い、わざわざ現地に出かけて観察した人が「全く書かれていることと違うじゃないか」という事で、「あれはウソだった」という事を論文に書き、本にしたというので、非常に有名な方である。どちらが本当かという事は分からない。間違っているのか、あるいは「真実が複数あるのか」など色んな説がある。それが事実かどうかというより、方法をどうやって使ってどうやって役立てて行くかという事が重要だ。

お客様との会話におけるストーリー

質問(小平和一朗専務理事):一般的なビジネスのシーンを考えると、最初のお客さんに面会するとき何らかのお客様の潜在ニーズを掘り起こすためにある程度ストーリーを組み立てて行く。インタビューアーもそうで、今のお話の様にストーリーを組み立てる。その時、あまり先入観なく行ったほうがいいのか。相手との会話を通して誘導して、お互いに気付かない事の会話に持っていければ成功なので、半分くらいその様な状態になれば良いとの感じを持った。「始めあまり組み立てすぎてはいけない」と思えたが、いかがか。

回答(平田講師):私も実際に色々な会社さんから「ちょっとここで困っている」とか、「こういう新製品を作ってみたい」という事でいろんな相談がある。あるいは「組織を変えたい」みたいな事もある。その時に、どっちの方法で良いのかなと。別に私はエスノグラフィしかやらないという訳ではなくて、やはり仮説検証の方法も持っているし、統計も持っている。ではそのニーズにどう答えるのか、その問題をどう解決するのかの時に、どんなブレンディングで行くかの配分である。                                      

以上

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